ユウのよしなしごと|アウトドアブログ

適度なアウトドアで生活を豊かに。

本当はミニマルな人間関係で十分だった【アフターコロナ】

春から現在まで、大学に行かない日々が続いています。

そう、オンライン授業。しかも僕は最高学年なので単位をほぼ回収しており、週に数コマの授業をこなすだけ。

ありがたいことに春先に内定を頂けたので、現在は残り少ない学生生活を、やることはやりつつ謳歌しています。人と会わないけど…

 

人が暇になると何をし始めるのか。昨年度まで結構忙しい日々を送っていたので、就活が終わって時間に余裕ができたら自分は何に力を入れ始めるのか興味がありましたが、それは「生活の見直し」でした。

 

ミニマリズムという言葉があります。

ミニマリズムMinimalism)は、完成度を追求するために、装飾的趣向を凝らすのではなく、むしろそれらを必要最小限まで省略する表現スタイル(様式)[1]ミニマリスムとも表記される。「最小限主義」とも。

1950年代彫刻絵画の分野で芽を出していた[2]」とも、「1960年代音楽美術の分野で生まれ、ファッションにも導入された[1]」ともされる。

アメリカ合衆国では1960年代に登場し、主流を占めた傾向、またその創作理論であり、「minimal(最小限) + ism(主義)」という組み合わせの造語であり、要素を最小限度まで切り詰めようとした一連の態度から生まれた、必要最小限を目指す一連の手法や、その結果生まれた様式である。装飾的な要素は最小限に切り詰め、シンプルなフォルムを特徴としている。芸術の諸分野(美術建築音楽哲学・生活様式 等々)で導入、展開された。その結果、ミニマリズム文学、ミニマリズム建築なども生まれた。(Wikipedia

もともと興味があるテーマで、僕はムーミンの「スナフキン」というキャラクターを通してこのワードを知りました。

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 ふらっとムーミンたちの前に現れては、ムーミンたちの悩みや問題をササっと解決してまた去っていくスナフキンは僕の憧れでした。

スナフキンはイラストのように、旅人らしく持ち物を最小限に抑え、とことん身軽を追求。家も持っていません。

さらに持ち物だけでなく、人間関係まで最小限にし、自分の自由を確保しています。

これ、多くの大学生に刺さるのではないでしょうか。

クラスという概念がなくなる大学生は、自分で動かないと友達というものは作りにくいです。人間の脳は孤独を悪だとプログラムしているため、入学後は必死に“友達らしきもの”の作成に躍起になります。

「#春から〇〇大」なんてものは、その最たるものではないでしょうか。

別にそうすることがすべて悪だとは言いませんが、大学に入学してから数年経った身からすると、毎年新入生がそういった投稿をしているのを見るととても痛く感じてしまうのです。

 

さて、そこで友達らしきもの=知り合いができたとしましょう。

そこから親友といえる友達に進展するか?というと、これが結構難しい。僕の感覚では全知り合いの10%にも満たないかなと思います。僕が社交的な性格でないからかもしれませんが…

これは親密な人間関係を維持するのは人数に限りがあるからと、「最高の体調」に書かれていました。 

 

 

僕の親友と呼べるかを判断するモノサシとして、「2人になった場合の空気に耐えれるかどうか」があります。

なんか恋人みたいな感じのモノサシですが(笑)でも結局、これができない人間関係はただの「つるみ」だと思うのです。

 

僕が「つるむ」という単語を知ったのは小学生時代。

僕は親の都合で、幼稚園を卒業後すぐに引っ越し、小学生に上がる際は人間関係をいちから作らなければなりませんでした。

これが意外とストレスだったのか、なんとなく友達はできたものの人間関係に悩むこともありました。

そこで親が買ってきた、斉藤孝先生の「ガツンと一発」シリーズ、

そんな友だちなら、いなくたっていいじゃないか!

という本と出会い、「つるむ」と「友達」は全く違うことを学びました。

この本にはとてもお世話になった。「これでいいんだ」と、そのときの悩みがすべて晴れました。

小学生が読めるような易しい文章ですが、大人でもハッとさせられる内容があると思います。人間関係に悩んでいる方はぜひ読んでみてください。

 

そこからは友達は信用できる人が5人ほどいれば十分、という考えを持って生きるようになりました。

 

しかし、そのときの考えは時が経つとともに風化していき、先述のように大学生に入ると、なあなあの人間関係に甘んじるようになりました。

特に部活やサークルの幹部などを務めていたこともあり、厳選した人間関係を築くよりも、全体の和を保つことを優先していた気がします。

 

その仕事も終わり、さあ就活だと思ったらコロナ禍が到来しました。

それまで「外出自粛」というワードを聞いたことがありましたか?ないですよね。

 当然、人とも会いません。たまの外出といえば、近くのスーパーやコンビニにバイクで行く程度。

アルバイトはweb制作系の仕事をしていたので、一時はフルリモートワークに移行。クビになることはなくて助かりました。

朝起きて日経新聞やYouTubeのニュースを見て、昼はESを書いたり面接を受けたり仕事したり、夜はゲームやブログを書いたり。1人で過ごすリズムが日を追うごとに洗練されていきました。

 

一番の気付きは、LINEの通知が激減したこと。

当時は遊びの用事を僕から送ることもないので、当然向こうから送られることもありません。たまに生存確認や雑談目的のビデオチャット招待が来る程度でした。現在僕のLINEには数百人の“友だち”がいますが、その9割くらいが本当は要らないものだった(or僕自身が必要とされてなかった)と思うとショックですが(笑)受け止めないといけませんね。

 

でも、「意外にこの生活悪くないんじゃないか?」と思った人も少なくないのではと思います。普段、だれかといないと寂しくて死んじゃう、みたいな人は辛かったでしょうけど。なにか1人でやりたいことがあったけど仕事や人間関係で時間が作れなかったという人はかえって有意義に過ごせたのではないかと思います。

 

個人的には、こういう状況下でも連絡をくれたり、話し相手になってくれる人こそが今の自分に本当に必要な人間関係なのかな、と思い直すキッカケにもなりました。

僕の就活をいろいろめちゃくちゃにしてくれたけど、この点ではコロナに感謝したい。

 

加えて、最近よく観るマコなり社長のこの動画が、わりと今の自分を肯定してくれた気がします。

 

この動画では、成功を掴むなら先述したつるみ目的の「友達」ではなく、信頼できる「仲間」を作れと主張しています。

僕はこの考えに一部賛同します。成功の定義は人それぞれなので…

 

何はともあれ、コロナによる行動制限が限られたことによって、生きていくのに必要なものは何だったのか、無駄だったものは何なのか考えるきっかけを与えられた人は多いのではないでしょうか。無駄な飲み会、遊び、既に興味を失った恋人、出勤…

 

6月19日に都道府県間の移動が解禁され、普段の生活が戻りつつありますが、コロナが教えてくれたことを教訓に生活を改善するのか、旧来的な生活に戻すのか、かなり重要になってくるなと思います。

 

僕も来年からは東京暮らしですが、週の一部をリモートワークに切り替えられるそう。

新生活や新しい働き方に、不安でありながらもワクワクしている自分がいます。